陸上自衛隊で一番大変なところを経験者に聞いてみた

陸上自衛隊で一番大変なところを経験者に聞いてみた

演習

 

会計部隊所属していたのですが、行軍訓練が一番大変でした。

 

まず準備が大変。3泊4日の行軍訓練のため長崎の大村駐屯地から熊本の健軍駐屯地へ秋頃行くために、その期間の日程調整を2、3ヶ月前から準備します。

 

会計部隊に所属していた私は必要な物品の準備を通常業務をこなしながら行わなければならなかったため、業者や他部隊との日程調整をして留守番をする少数の隊員で対応できるようにまとめておかなければならなかった。

 

倉庫の物品にタグや表示を付けて他部隊の物品と混ざらないようにし、員数に問題ないかチェックして山積みにし、出発数日前に他部隊から借りたトラックへ一斉に積む。武器は当日に武器庫から持ち出してトラックへ積む。

 

行軍自体もきつい上に、風呂も睡眠もとれない環境で汗と汚れで酷い匂いに包まれる。

 

駐屯地へ帰隊するために仮眠はとるが短時間の上汚れもそのままの状態でカビと汚れまみれのマットに寝なければならない。起きて少しは気分が落ち着くが逆に自分の身体の汚れや汗の重みが顕著になるので車両移動が苦痛に感じる。

 

行軍が終わっても駐屯地に帰隊したら数日に渡って行軍でしようした道具・小銃の手入れ、倉庫への片付け、車両洗車がある。

 

また、訓練で汚れた服や半長靴は綺麗にアイロンと磨き上げておかなければ怒鳴られる。夜寝ても疲れが取れない。しかもただでさえ会計業務で残業24時まであるのがザラなので寝るのが夜中の2時などもあった。会計隊を辞める新人が多いので人手不足もあり、本気で死のうかと思うほど追い詰められた。

 

1番大変なことはやはり演習です。

 

現在私は滋賀県の駐屯地に所属しているのですが昨今の演習はより複雑になり、静岡の東富士演習場や北海道の矢臼別演習場など遠方で行われることが多いです。

 

移動だけでも疲れるのですが内容も以前のようなサバイバルゲームのような単純なものではなく高度なものとなっています。期間は短くて2夜3日ですが長いと1ヶ月も続くこともあります。

 

また今までは1-2ヶ月に1回の演習が1ヶ月に1-2回も行われ、部隊の人数も2/3に減っているため、一人あたりの作業量は多くなっており、空気も悪くなっています。

 

先程の移動に関しても輸送費というものがそれぞれ部隊には割り振られており、高速道路等のお金が支給されますが演習が増えたにも関わらず、輸送費は増えていないので下道で移動することも多く、隊員の疲労も増えたことで事故の件数も増えています。

 

近頃は自衛隊が災害救助等で認知されたこともあり、上司は隊員よりも世間体を意識しており、そのしわ寄せが来ております。装備の整備も間に合っておらず、厳しい状態です

 

陸上自衛隊の仕事は、航空自衛隊や海上自衛隊と比べて地味で泥臭い仕事です。

 

しかし、戦争において最後の勝敗を決めるのは、どの国においても陸軍であり、どんな状況でも耐えられるような組織を目指して訓練をしています。

 

車両が使えなくなれば徒歩で移動しますし、銃が使えなくなれば素手で戦い、食料がなくなれば草を食べてでも戦う。それが陸上自衛隊です。

 

よく一般の方に、「訓練で蛇とか食べたのですか?」と聞かれますが、それはレンジャー訓練と言われれる特殊部隊の訓練(厳密には部隊の訓練ではなく、個人の訓練ですが・・・)で、陸上自衛官全員がその訓練を受けるわけではありません。

 

しかし、一般の隊員でも徹夜で山を走破する演習は経験します。それも、手ぶらではなく武器を持ってですから、それに耐えうる体力を普段から錬成しておく必要があります。

 

今の戦争は、ほとんどの場合は車で移動しますので、実際に徒歩で長距離を移動することはほとんどないと思いますが、先に述べたように最悪の事態を想定して訓練をしています。

 

また、辛いこととして、東日本大震災のような大規模災害に出動し、ご遺体を回収する時です。無事救助した時は、ものすごい達成感を得られますが、捜索の結果 ご遺体として発見した場合、特にそれが幼い子供であれば、相当のショックを受けます。

 

その精神的ショックを緩和するために、その夜 宿営地でその日あったことを言い合う時間があったり、心理カウンセラーが同行している場合もあります。

 

体力的にも精神的にも大変なこともありますが、この国、国民を守るため という高い使命感で任務をしているのが陸上自衛官です。

 

私は10年間陸上自衛隊の普通科で仕事をしていました。その中で一番大変だったのは、演習です。

 

演習の流れは行軍をしてから3夜4日程山にこもり訓練を行います。始めに行軍とは役20キロの背嚢を背負い、自分の装備火器を装備し、40?60キロ程の道のりをひたすら歩きます。

 

部隊によってやり方は違いますが、50分歩いて10分休憩を1行程とし、それをひたすら繰り返します。5行程ごとに中休止があり、中休止は30分休憩できますが、その間も交換交換で監視を行います。

 

基本的に夜に歩くので眠気や冬場は寒さ、夏は暑さとの戦いで、夏は特に熱中症や脱水症状で倒れる隊員もいます。

 

行軍が終るとそのままの流れで山にこもり戦闘の一連の流れを行います。道無き道を歩き敵の拠点をさ探しながら戦闘を繰り返したり、穴を掘り侵攻してくる敵を食い止めたりするなどの訓練をします。

 

もちろんベッドやテントも無く、車の中や茂みの中で野宿をします。眠気や足の痛みなども凄く、自分との戦いでした。

 

これが陸上自衛隊で一番大変な事だと思います。

 

夜勤

 

私は元陸上自衛隊に勤務していました。入隊後の半年の教育、訓練はなかなか辛かったですが苦しみを分かち合うことが出来る同期が沢山いたのであまり苦痛に感じることはありませんでした。

 

半年の教育、訓練が終わると一般部隊に配属となりました。その中で警営係と言われるいわゆる門番勤務がありました。

 

勤務時間は24時間で月に数回程度行っていました。その勤務は複数人で行い、交代で門の前に立ったりします。日中は隊員や関係者の出入りが多くてあっと言う間に時間が過ぎます。

 

夜は外出、外泊から戻ってきた隊員等の対応が主となるため比較的業務はありません。

 

しかし夜になるにつれて眠気が強くなり仮眠時間こそありますが寝付くまで時間はかかるし勤務中だしあまり落ち着いた睡眠はとれません。そのため3時くらいから眠気、疲労がピークとなり朝方は非常に体がしんどいです。朝になり引き継ぎをして終了します。

 

終了後は寝れなかった分寝てました。やはり夜勤は辛い物です。

 

自分を律すること

 

陸上自衛隊の隊員として働く以上、日々の行軍や訓練だけでなく被災地での復旧活動など身体的な苦労は少なくはありませんがそれは入隊の際に覚悟していますのでそれほど苦労はありません。

 

一番の苦労は身体的なものではなく、精神的な部分が大部分を占めます。

 

例えば陸上自衛隊員がスーパーで万引きをしたとすると全国ニュースで放送されます。通常一般人が同じことをしてとしても全国ニュースになることはあり得ません。これは陸上自衛隊員や教師、政治家などはあくまでも模範となる行動をしなければならないというイメージがあるからです。

 

その為、非番の日でも行動には注意をしなければなりません。一つ一つの発言や行動が果たして正しいのかどうか四六時中考えなければならないのは簡単なようでかなり難しいです。

 

更に被災地などでの活動は、一般の方が想像するよりも残酷でありますがあくまでも冷静に行動するべきなので精神的な鍛錬が一番苦労のもとです。

 

家族よりも任務優先

 

陸上自衛隊で一番大変なことは、大規模災害が起きたときに、家族がいても、日本国民のために危険な現場に出動しなければならないことです。

 

被災地だからといっても、家族を第一にすることは出来ません。家族が危機的な状況であっても任務中であれば連絡することも出来ませんし、大勢の被災者を目の前にしているので、毅然とした態度で、確実な任務を遂行することを求められます。

 

近年、日本で数多くの自然災害が発生しました。被災地の場所は、皆さんが想像する以上に過酷なものです、遺体の捜索おいても、綺麗な形で遺体はなく、発見するたびにトラウマになる思いを抱きます。実際の隊員でも、精神的に病んでしまった隊員もいます。

 

また陸上自衛隊は、テントを持っているので、基本は基地で待機ではなく、現場での野営になります。ベッドやマットなどはない場合の方が圧倒的に多く、自衛隊車両の下に潜り込んで寝ることもあります。

 

最悪の場合は、屋根を確保できずに、雨に打たれたまま雨具を着て、一日をしのぐこともあります。もちろん風呂に入ることは出来ませんので、隊員はボディタオルなどを多めに持参して、体を拭いたりしています。

 

以上の点が陸上自衛隊で一番大変なことです。

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「お前に正社員は一生無理」

こういったパワハラを上司にされ続けた僕は、入社3か月目で転職を決意。絶対に見返してやると思いました。

現実は過酷でしたが。

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でも、ある方法に気づいた結果、年商52億円企業の正社員として働いています。かつての僕のように傷のある経歴で苦戦している方のみご覧ください。

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