広報で一番大変なところを経験者に聞いてみた

広報で一番大変なところを経験者に聞いてみた

外部との接触

 

広報担当として一番大変なことは、やはり外部との接触につきます。

 

会社の顔という役割が仕事のほとんどですので、取引先との交渉を時に営業の代わりに行わなければなりません。

 

例えば何か不祥事を会社が起こしてしまったり時に一番最初に対応をしなければならないのが広報です。その場で記者に対して真摯な態度で冷静に受け答えをし、経営陣への橋渡しをしなければなりません。

 

これはかなりのプレッシャーになりますし、逆にここで適切な対応ができれば評価につながることもありますのでやりがいにはつながります。ただ精神的にはかなり辛いです。

 

クレーム対応なども仕事に含まれてはいますが、自社のサービスをしっかりと把握しておくことは当然なのですがそれでも返しに困ってしまうクレームも少なからずあります。

 

その様な時に根気強くわかってもらえるまで応対する忍耐は一朝一夕で身につくものではありませんし、場数が必要なので身につくまでは大変です。

 

某大手企業で広報担当をしておりました。とはいえ、広報専任ではなく、経営企画という立場でメディアの取材を受けることもしばしばある立場でした。

 

その中で最も大変なのは悪材料を引き出そうとする取材者対応です。どうにか「裏に隠された悪い事実」があるものとしてこちらの言葉の端々からそのような質問を繰り返されるのは、まるで法廷で尋問を受ける容疑者の気分でした。

 

実際物事には良い点と悪い点を挙げよといわれればできてしまうケース、例えばある製品の性能は非常に良いが値段が高い、などがありどちらの面からも記載することができてしまいます。悪い面の質問ばかりを繰り返されても、取材を受ける側は特長をアピールしたいのでそちらに話を転換するよう短時間の中である種の駆け引きの緊張感が大変でもあり醍醐味です。

 

実際某製品の品質問題で取材を受けた際は何日もかけてまず自分なりに事実を把握することに努めました。

 

自社内であっても、記者並みに厳しく現場担当に質問し、納得したところで対応の芯となるシナリオをまとめました。そこに次々想定質問を加え、自分なりの回答案をさらに法務部関連部署、知財関連部署、製造部署、営業部署など数々の関係者と議論を繰り返し、そのまま活字化されてもいいレベルの回答案を作り上げ、取材対応しました。

 

結果記者の悪意に屈することはなく活字ではネガティブな記事にはならずに済みました。

 

後日その記者より「本当のところはどうなの?よければ個別に会いたい」とメールが届き、記者というのはこういうことまでするのかと逆に感心した経験があります。

 

広報の仕事で一番大変なことは、「お客様からの問い合わせ、クレーム処理の対応」です。

 

広報部は、商品や作品・会社自体をPRすることによって、知名度を上げ、さらに利益も向上させるための宣伝活動をする部署です。ですから、展示会・イベントの企画から仕切り、プレスリリースの作成から配信や、社内報の作成・ホームページ・SNSの制作から配信、管理まで…。

 

広報の仕事は、社外広報と社内広報の両方で多種多様にわたりますが、中でも「問い合わせ、クレーム処理の対応」が一番苦労します。

 

最近では、メールなどホームページへの書き込みで対応することも増えてきましたが、少し前までは…コールセンターなどで電話対応をしていました。

 

お客様からの電話ですので、もちろん雑な対応はできません。でも、あきらかに理不尽なことをおっしゃるお役様がいるのも現実です。

 

コールセンターで対応できなかった案件は、最終的に広報部に回ってきます。お話の長いお客様だと…納得がいくまで説明させていただくので、1日をほぼ電話対応のみで、まったく他の業務ができなくなってしまうこともありました。

 

大変な仕事ではありましたが、広報部は会社の裏でも支え、表にも出る仕事で…苦労も多かったですが、とてもやりがいのある仕事でもありました。

 

多忙

 

広報をやっていて一番大変だったこと、それは常にオーバーワーク状態だったです。

 

私がとあるフランス系のブランドの広報をやっていた時は、広報部長と私の2人体制でした。部長はフランス人で日本語ができないため、電話応対などは私がすべてやることに。

 

雑誌などに広告や特集が組まれると、朝から電話が鳴りっぱなしの状態になります。今の時代ネットで何でも検索できると思いますが、電話問い合わせって驚くほど多いのです。大手だったら問い合わせの電話に対応してくれる顧客対応スタッフがいるのでしょうが、私が勤めていたブランドにはいませんでした。

 

電話の問い合わせ対応をしながら、業務の連絡にも対応して、メールの返信をして、その間に広告代理店や雑誌社の方との打ち合わせが入りと、とにかく目まぐるしい毎日でした。

 

明らかに手が足りておらず、増員や、せめてアルバイトの採用を訴えてみたのですが、予算がないからとあっさり却下。残業代すら出ませんでした。

 

そんな状況で働き続けた私は、忙しすぎてトイレに行く時間もなく、膀胱炎になり、ストレスがひどくてある日下血したのをきっかけに入院して仕事を辞めざるをえませんでした。

 

専門学校の広報をしていました。仕事は学校へ出向き進路相談をしたり、学校でオープンキャンパスをしていました。

 

一番大変な事といえばとにかく多忙なこと。

 

学校も駅近であったり、遠かったり、または遠方に日帰りや泊まり出張もある中でオープンキャンパスがありますが、準備も自分たちでやります。季節毎の飾りを付けたり、外したり。またオープンキャンパスや、進路相談で配るパンフレットも自分たちで作らなければいけません。

 

遠方で朝始発で家から出て、夜10時位についても翌日の準備をしなければいけませんし、勿論事務仕事もしなければいけません。

 

朝始発で大阪から福井へ日帰り出張をして、夜9時頃に大阪に着きました。帰ってきてからお話した学生にフォローのハガキを書いたり、入力の仕事をして、次のオープンキャンパスの準備をします。

 

翌日も始発で伊丹空港に。学生の修学旅行の付き添いをし、現地でイベントもありますので、対応します。大阪に帰ったのは夜9時の便でした。

 

翌日、オープンキャンパスです。修学旅行の引率を引き続きしているメンバーもいるため通常よりも少ない人間で対応します。

 

そして、翌日はまた通常稼働で高校へ出向き仕事です。

 

毎日とにかく体力勝負で大変でした。最後は体を壊し退職になりました。

 

私は食品メーカーから車の部品メーカーに転職して広報の仕事につきました。広報の仕事は会社の顔なので、まずはモーターショーで立ち番を任されました。

 

プレスの方々の対応や自社製品の説明を求められ、まだ入社して間もなかったこともあり自社製品の魅力を上手く伝えることがとても大変でした。会社の顔として間違ったことは絶対に伝えられないのでモーターショー前は技術や営業の部署に自社製品について学ぶ機会を特別に設けて貰って知識を蓄えました。それでも当日は緊張感でいっぱいでした。

 

そして一番ツラいのは株主総会です。資料作成が山のようにあります。色んな部署から今期の売り上げデータなどの資料を受け取り、それを纏めていきます。

 

そして社長にみてもらうのですが、一筋縄にはいかず何度も添削し株主総会前日まで作業が続きます。各部署からもあーだこーだと資料のだめたしをされることもあり毎年必ずといっていいほどパニック状態になります。徹夜が何日も続き疲労困憊でした。

 

勉強

 

広報と一口に言っても色々な役目がありますが、私の場合、博物館の広報を担当していたことがありました。

 

基本的に館内の展示品や企画展の紹介、博物館での活動の紹介などを行っていたのですが、広報を行うにあたって、広報したい活動を熟知するという必要性が生じます。

 

例えば企画展を広報する場合、その企画展を計画、実行していく学芸員の意図をある程度理解する必要がありますし、企画展に展示される資料などについても理解をする必要があります。専門的な説明は学芸員に依頼するとしても、ある程度の予備知識がなければ、新聞やテレビなどの取材に円滑に対応することはできません。

 

また広報ですので、企画展開催のかなり前から周知が必要になるのですが、ものによっては企画展の案は決まっても実施段階までなかなか資料がき確定されなかったり、内容が変更されることも多くあります。自分が企画展を進めているわけではないので、担当の学芸員と調整しながら発表のタイミングを探す必要もあります。

 

また近年ではSNSをはじめ、従来のマスメディア向けの広報以外の方が宣伝効果効果を発揮することも多くあることから、それらを活用した広報活動も同時進行で行う必要があり、ますます広報担当者としての仕事量が増えていく傾向にあります。

 

すべてを自分一人の思惑で進行できないので関係者と連絡、調整が常に必要。自分の思い通りに行かないことも多いわりに、批判等の一番最初の窓口にもなります。その分企画展などが無事に成功すれば達成感もかなりあります。大変ですがやりがいもある仕事です。

 

時間との戦い

 

広報の仕事で大切なこと。それは「いかに早く、いかにわかりやすく、いかに惹きつけるものを書けるか」ということだ。言い換えると、時間との戦い、文章構成力、プレゼンス能力の3点が大切なのでである。

 

その中でもっとも大変なこと。それは「時間との戦い」と言える。いくらでも時間をかけてもよいのであれば、見栄えのいい文章を書ける人は多い。しかし、限られた締め切りまでの時間をいかに有効に使って文章を書くのかが、広報に求められる仕事だ。

 

社外広報の場合、世間におけるブランドイメージの向上や、売り上げアップに、即座につながる。なによりも、広報の腕ひとつで、プラスの方向へと企業イメージを確立したり維持したりすることができる。

 

最近は、TwitterやInstagramなどのSNSを活用することも多く、その場合対象が若いこともあって「鮮度が命」になっているのでなおさらだ。また、事故やクレームなどに対する謝罪や事態収拾は、遅くなればなるほど事態がまずくなるので、急ぎつつ内容には細心の注意を払わなければならない。

 

ただし、以上を踏まえることさえできれば、企業イメージを背負う広報は、非常にやりがいのある仕事である。

 

メンタルコントロール

 

広報の仕事で大変なことは、広報する内容に関して自分の気持ちの中で一部の矛盾する気持ちを抑えなくてはいけないことだと思います。

 

広報する内容を理解すればするほど、全ての人に対して100%前向きな気持ちで広報できる内容ではないことが多くあるからです。しかし、広報するときにマイナスな事を多く言ってしまうと広報にならないので、そういった気持ちを抑えたり、うまく言い換えたりしながら広報をしていると気持ちが苦しくなってしまうことがあります。

 

そういった状態が長く続くと仕事への熱量に対しても影響が出てしまうので、うまくメンタルコントロールをすることが大事で大変だと思います。

 

私は、実際にそういった広報をしながら心が苦しくなってしまった経験があり、その結果あまり感情を前に出さない広報しかできなくなった時がありました。しかし、感情が伝わらない広報ではあまりいい結果が出ないのでとても悪循環でした。

 

このような部分でタフな方じゃないと広報の仕事は大変な面が多いと感じます。

 

広報活動に対する無理解

 

会社組織内全体の広報活動の意義や重要性が共有されていないことが、私自身一番大変でした。

 

広報の仕事は組織全体の活動や商品、サービスを担当者が広報課と一体となって戦略的に具体的な広報活動に発展させていくのが最大限の効果がでます。

 

しかし、広報の仕事は広報課が一から十までするという空気や社風、または他の部署の仕事と分離してしまうと、広報課にはまったく現場や本当は効果抜群の情報自体、広報担当者が知らないという事態が起こります。そもそも数値や可視的に成果が明確に現れない部署であるため、結局広報担当者の発信力自体を疑うことが組織内でも起こってします。

 

大きな組織で広報担当者に配属され、組織として情報が共有できるシステムなりを構築することが急務だったが、その前提にある全体として広報への意識付けが非常に難しく感じた。情報・ネタがなければ広報担当者だけでは何もできないと痛感しました。これを実現するために日々各課や現場とのつながりを少しずつ、構築する以外方法がなく短期間でできるものではないということを肌で痛感しました。

 

具体的なエピソードとして、会社の視点が地域に10年以上協賛しているイベントを、私が他の媒体から見つけ確認すると広報担当者をはじめ全く知らなかったことがありました。

 

組織全体が広報活動をする主体であることを実現するのは本当に大変でした。

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「お前に正社員は一生無理」

こういったパワハラを上司にされ続けた僕は、入社3か月目で転職を決意。絶対に見返してやると思いました。

現実は過酷でしたが。

  • 15社に書類送付
  • 書類選考に通ったのは4社だけ
  • 最終面接まで行ったのはわずか1社

でも、ある方法に気づいた結果、年商52億円企業の正社員として働いています。かつての僕のように傷のある経歴で苦戦している方のみご覧ください。

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